平成17年 7月発行寺報より
前方丈の突然の他界で長引いてしまった工事計画も、いよいよ完成の日を迎えることとなりました。建物解体後、手狭な薬師堂を使用しなくてはならなかった皆さまには、ご協力をいただき誠に有難うございました。
今年は何十年ぶりの寒波により、部屋の温度が二度・三度という日が何日もありました。冬の本堂での生活は、本山での修行とは又別の厳しさがありました。
この書院・庫裏建て替えに踏み切れたのは、祖母が大切に持っていた明治三十五年六月旧鶴川村と取り交わした「鶴川小学校(現在の鶴川中学校)が移転・廃校の場合は、寄附をした学校用地を無償返還する」という念書が、町田市から認められたからです。認められても市議会議員の反対や山積みした問題解決で、前方丈は市との度重なる交渉の心労が重なり、市との電話のやりとりの最中に倒れ、帰らぬ人となりました。
先々代の方丈が三十五才の若さで亡くなって以来、三人の子供を抱え、女手一つで寺を守りながら、効力があるかどうかわからない念書を支えに生きてきた祖母と、この安全寺の為、お檀家の為に最後の土地(寺の土地は全部農地解放して何も残っていません)を命がけで守り通そうとした前方丈。二人にはこの完成を待っていた欲しかったと心から思い、当時を振り返ると心が痛みます。
定年まで勤めをしていた方丈に代わり、広い境内の草むしり、草刈り、庭掃き。家族の面倒と、人の手を借りずにここまで行って来た母が、元気でいたことだけが何よりと思っています。それにはお世話人さんをはじめ、お檀家の皆さまの暖かい励ましがあったことは言うまでもありません。心より御礼申し上げます。
新墓地が出来るまでは檀家の数も少なく、役所勤めをしていた前方丈を見て、私もお金の苦労や大切さを経験して来ましたから、お檀家の皆さまに寄附をお願いしないで完成したことを、何よりも嬉しく思っております。ギリギリの予算で地代収入から二十五年間ローンを支払していくことに不安はあります。今の世の中は何があるかわかりません・・・しかし心して頑張っていこうと思います。今後共、皆さまの励ましやご協力をよろしくお願い申し上げます。
又、この建築に際しご芳志をいただいた方には、心より御礼申し上げます。次回の寺報にてご報告させていただきます。
合掌
住職 秋田文範